── 安心を求める社会と、不安を抱える文化のあいだで
2025年秋、厚生労働省が「カンナビノール(CBN)」を含む一部カンナビノイドを指定薬物に追加する案を公表し、パブリックコメントの募集を始めました。
意見受付は11月下旬までとされています。
つまり、CBNが「事実上の禁止物質」となる可能性が現実味を帯びてきたということです。
では、なぜ今、CBNが規制の対象になったのでしょうか。
そこには、単なる制度改正だけでは語りきれない社会的な背景が存在しています。
「穏やかに眠れる」と人気を集めたCBN
CBN(カンナビノール)は、THC(テトラヒドロカンナビノール)が酸化・分解して生成されるマイナー・カンナビノイドです。
海外では、睡眠サポートを目的とした“ナイトタイム系カンナビノイド”として注目されており、CBNを配合したオイルやグミなどが販売されています。
日本でも2023年から2024年にかけて、CBDに次ぐ新たなトレンドとして注目を浴びました。
「夜に使うとよく眠れる」「CBDより体感がある」といった声が広がり、リキッドやグミなどの製品が全国で流通するようになりました。
しかしその一方で、一部の合成カンナビノイド製品による健康被害が問題視され始めました。
強い精神作用や副作用を伴う製品も報告され、CBNを含む「カンナビノイド製品全体」への警戒が強まったのです。
この「効きすぎる」と「危うい」が交錯する状況が、行政の関心を引くきっかけとなりました。
厚労省が動いた理由
── 「成分」へと焦点を移す新たな法体系
厚労省が2025年10月に提示したパブリックコメント案では、薬機法における「指定薬物」にCBNを追加する方針が示されました。
指定されれば、医療や研究を除いて製造・販売・所持・使用が禁止されることになります。
同省は、「安全性の確保と濫用防止のため」と説明しています。
この動きの背景には、2024年の大麻取締法改正があります。
改正によって、日本ではTHC含有量が1ppm以下であれば合法と定義されました。
つまり、現在市場で流通しているCBN製品の多くは、法的に適法な範囲にあるのです。
それでも厚労省が追加の規制を検討しているのは、単なる違法・合法の線引きだけではなく、
「安全性の確保」や「品質のばらつきの是正」、そして「消費者保護」といった社会的なリスク管理の側面が大きいといえます。
科学的根拠の十分でない段階でも、リスクの芽を早めに摘むという判断が優先された形です。
消費者の「安心」と、文化としての「自由」
今回の動きで興味深いのは、この規制が単なる法律論ではなく、社会の不安感を映しているという点です。
CBN製品による重大な健康被害が相次いでいるわけではありません。
それでも「カンナビノイド=危険」という印象が再び強まり、行政が“安全の先取り”を行ったように見えます。
日本社会は、リスクよりも「安心の担保」を重視する傾向が強い社会です。
たとえ科学的根拠が十分でなくても、「不確かなものは排除する」という姿勢のほうが、社会的な理解を得やすいのかもしれません。
しかしその一方で、文化としてのカンナビノイドの可能性が失われつつあります。
CBDやCBNを通じて、自分を整える、ストレスから距離を取るといった新しいウェルネスの形が生まれ始めていました。
規制は安全を守るためのものですが、同時にその芽を摘んでしまう危うさもはらんでいます。
規制の先にある「空白」と「終息」
もしCBNが正式に指定薬物となれば、市場はほぼ消滅する見通しです。
販売店やブランドは撤退を余儀なくされ、流通在庫の取り扱いも難しくなるでしょう。
医療や研究分野を除けば、一般消費者がCBNを手に取る機会はほとんどなくなると考えられます。
それは、CBDが市場の中で“信頼性”を高めて定着してきた流れとは対照的です。
CBNはその前段階のまま、社会的な関心が高まるよりも先に法の壁に行き当たったと言えるでしょう。
とはいえ、カンナビノイドという領域そのものが消えるわけではありません。
「安全性」「合法性」「精神作用の有無」といった線引きをめぐる議論は、これからも続いていくはずです。
そして、その延長線上で生まれる新たな成分や合法的な代替素材が、次の市場を形づくっていくかもしれません。
まとめ
CBN規制の動きは、単なる法律改正ではありません。
それは、「どこまでを許容し、どこからを恐れるのか」という、社会の心理を映す鏡のようなものです。
厚労省が求めているパブリックコメントの締め切りは11月下旬です。
最終的な判断がどう下されるのかはまだ分かりませんが、ひとつ確かなのは、
「リラックス」という個人の領域までも、国家が定義しようとしているという現実です。
CBD、CBN、そしてその先にある多様なカンナビノイド。
それらが「危険」か「救い」かを決めるのは、政府ではなく──
この時代をどう生きるかを選ぶ、私たち自身なのかもしれません。
参考・出典
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厚生労働省「指定薬物に関する意見募集(2025年10月29日公示)」
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『The Permanente Journal』Cannabidiol in Anxiety and Sleep: A Large Case Series (2019)
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日本大麻産業協会(MAJIC)「カンナビノイド自主ガイドライン」
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Wellness News Japan「CBNを指定薬物に追加する省令案に関するパブリックコメント開始」(2025年10月29日)
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大麻取締法改正(2024年12月施行)およびTHC残留基準(1ppm以下)関連資料